私  塾

更新 2018年8月13日


 大学を定年退職してから、 「私塾」 と称して、 自分で主催して、 公開講座をはじめました。

 まだ、山の中の家に完全にひきこもって、著作にのみ専念するには、やや早すぎる、多少は世間様との日常的な接触も保っておきたい、という次第。
 毎月1週間から10日ぐらいは関西に居て、 この講座をやり、 残り三分の二と夏の2ヶ月は、 山にこもって、 著作に専念、というわけです。
 というわけではじめたのですが、何ともう19年も続けてしまいました。 小さいけれども、これも一つの歴史。

 この講座の中心は 新約概論 でしたが、西宮でやっていた新約概論 は8年前に終了。
 その修正版であった京都での講座も、ついにこの6月で 「黙示録」 の最後まで終了しました。
 新約概論については、あとは、著作として仕上げるのみ。
 他方、西宮での講座を場所を変えて継続した六甲での新しい講座キリスト教史の出発 も、1年前に終了。
 こちらの講座は、今年から京都で、更に中身を練り上げる仕方でもう一度はじめます。
 他方、六甲では、すでに昨年から新しい主題の講座がはじまっています。
 というわけで、昨年と今年から、面目一新、新しい講座に取り組んでおります。

 以下はその予定です。

会場 講座によって場所は違いますが、すべて、京阪神地域で、駅の近く。
参加申込み 会場の空間が限られているし、私の扱える事務能力にも限界がありますから、どうしても定員が限られます。
  それに、実際上は前から継続しておられる方で満員ですので、なかなか新しい方を受け入れることができません。
  今期は、(1) の講座は、座席が三つ空きましたので、三人だけ新しい参加者を募集します。
  (2)は、まったく新しく発足しますので、今のところ、十分に余裕があります。ふるってお申し込み下さい。
  (3)は、一人分だけ空席があります。

 講座について御質問のある方は、トップページの最後にある通信欄を御利用下さい。

以下、個々の講座の案内
  (1) マルコ、マタイ (六甲)
 昨年度から新しく 「マルコ・マタイ」 と題して、共観福音書についての講座をはじめています。
 今までよりやや程度を上げて、質的にはかなり本格的な講座ですが、
 その分だけむしろ、話はよく通じるだろうと思われますので、決して難しいわけではありません。

 『訳と註』 を発行し終えて気がついたのですが、これだけ大きな著作、13年もかかったのですから、
   これを書くことによって、自分自身の実力もだいぶ進歩したみたいです。
 それで第1巻の 『マルコ、マタイ』 をふり返ってみると、これはあくまでも本文に対する 「註」 ですから、それはそれでよろしいのですが、
 個々の話の内容について、また全体の流れについて、もう少し深く掘り下げてとらえる必要がある、と思われます。
 それに、自分勝手で恐縮ですが、多分これから 『新約聖書概論』 の執筆に取り組んでいくためにも、
 ここらでもう一度、この三つの福音書について、大きくとらえ直してみたい、という欲求にかられます。
 という次第で、講座の構成はやや雑で、主としてマルコ、マタイについて、思いつく事柄、思いつく問題を順不同で次々に扱ってみることにします。

 日時  月に一度、原則として年10回、9月から6月まで0。
   原則として 第4土曜午後2時〜4時 (今年度は、9月は第5、10月〜12月は第4第3土曜と、やや変則です)
 場所  阪急六甲駅近く(歩いて10分足らず)
 参加費 今年度は全10回で 7000円
 申込み 現在三つだけ空席がありますので、2年目からでよろしかったら、お申し込み下さい。

 (2) キリスト教史の出発 (京都)
   私の主催する講座ではありませんが、 講義を話すのは私ですから、ここにのせておきます。
   六甲で7年かけてやった同名の講座を凝縮し、2年間で話すことにします。
   しかしもちろん、内容的には、もう一回り大きくなっています。

  主催者は 「京滋神学講座」(代表、千葉宣義さん)
   問い合せ先 とりあえず、私あて (トップ頁の通信欄)) にお問い合わせ下さい。
   会場 京都市内。河原町丸太町から歩いてすぐ。 烏丸丸太町からでも 6、7分。
   日程 毎月一度、年9回 (7、8月と 12月は休み)、原則として第4火曜日、 午後7時〜9時
   今年度の日程
     9月25日、 10月23日、 11月27日、 12月は休み
     1月22日、 2月26日、 3月26日、 4月23日、 5月28日、 6月25日
   参加費 1年で1万円 (多分。正確なところ、いずれお知らせします)
   申込み とりあえず、このサイトのトップ頁末の通信欄を用いて(トップ頁へ行くには左の文字をクリック)、私あてにお申し込み下さい。
    私から主催者に伝えます。
   申込み締切 9月9日(日) に申込みを締め切らせていただきます。事務的作業の都合がありますので。
     それ以前でしたら、あと2人まで受け付け可能です。

 従来の 「信仰的」 キリスト教史では、

   ペテロを中心とする「十二使徒」集団が、イエスの死後いくばくもたたない時期に、エルサレムで、最初のキリスト教会を出発させた、
   そして彼らがキリスト教信仰を熱心に広めた結果、キリスト教はあっという間に広く広がった、
   次に 「使徒」 パウロが、「異邦人伝道」 の第一人者として、はじめて 「異邦人」 世界にキリスト教を伝えた、
   かくしてキリスト教は世界宗教となった、……

 と教えられてきました。
 しかし、新約の諸文書に出て来る証言を集めてみるだけでも、こんな単純、かつ教条的な 「歴史像」 は、すぐに崩壊してしまう。
 もしもペテロたち数人だけがキリスト教なる 「宗教」 を発足させたのなら、
   かつて生きていたイエスを知っていた大勢の人々は、みんな、どこに行ってしまったのだ?
   イエスの思い出は、キリスト教の出発とは無関係だったのか?
 実際には、ペテロたちは、エルサレムの町の外では、ほとんどキリスト教を伝えることをしなかった。
   しかし彼らが知らぬ間に、キリスト教はあっという間に、パレスチナのあちこちで、更にパレスチナの外へと、広がって行った。
 誰が (一人ではない。大勢) このようにしてキリスト教を伝えたのか?
 また、パウロがいわゆる 「異邦人伝道」 をはじめる以前から、キリスト教はすでに 「異邦人」 (非ユダヤ人)に広まりつつあった。
 そしてパウロと同時期にも、パウロとまったく関係なしに、「異邦人」 の間で、ぐんぐんとキリスト教は広まっていった。
 正統主義の護教家たちは、この、広汎に広まっていったキリスト教のことをまるごと無視しておいでになる。

 以上、新約の諸文書だけでも、ちょっと注意して細かい叙述を正確に読む努力を続けていけば、
 ましてや、歴史をもっと総合的に広範な視野をもって知る努力をすれば、すぐにわかることである。

 キリスト教は、ほんの一握りのお偉い 「使徒」「聖者」 たちによって作られたわけではなく、
 彼らの手だけによって広められたわけでもない。
 人類の歴史は、ほんの一握りの 「偉人」 によって作られたわけではない、ということは、
   今や、一般の歴史 (彼らの言うところの 「世俗」 の歴史) においては、多少心ある人の間では、常識になっている。
 何故キリスト教だけが、相変らず古くさく、迷信的な 「英雄史観」 にしがみついているのか……。

 というわけで、初期キリスト教史の記録の隅々まで細かくほじくり返す作業を、さぼらずに続ければ、
 歴史の大きな姿がはっきりと展望できるようになってきます。 乞う、御期待。

 (3) リーメンシュナイダーの彫刻
   これまで何度も他の枠で、またこの私塾でも一度、リーメンシュナイダーを扱ってきましたが、
   この講座は、いわば私としては 「リーメンシュナイダー」 の決定版です。
   今年度が10期目ですが、今、最後の作品であるマイトブロンの教会の 「哀悼祭壇」を扱っている最中です。
   多分、今年度のうちに終ると思いますが、残りの数回は、補遺的に、今まで扱わなかった小さい作品にふれて、終ることになります。

  リーメンシュナイダーという彫刻家について
   15世紀末16世紀はじめのヴュルツブルクの彫刻家。 いわゆる後期ゴチック。
   ですが今や、好きな彫刻家を一人だけあげよと言われたら、ドイツ人ならリーメンシュナイダーをあげる人が多いでしょうか。
     やはり美術作品はレアリスムがとことんまで追求されると、人の心をうつ、ということです。
   従ってもちろん、その彫刻そのものを紹介する価値は十分にありますが、
   加えて特に、私としては、この人の彫刻と生涯を知ることによって、
     またそのために、そのまわりの世界を知ることによって、
     宗教改革というのはいったい何だったのか、ということを、
     ようやくある程度理解することができるようになった、と思えるからです。
   やはりこの人のことは、私が生きているうちに、何とか本にして出したい。

   毎月1回 木曜日 (原則は第4木曜、ただし例外多し)、 午後7時〜8時半。
   場所 大阪市内、地下鉄北浜駅近く。
   参加費 大量の写真、図版等を色刷りでお配りしますし、印刷費もかかるから、年10回で1万円。
   新規申込み 今期(18/19年度)が最後ですが、最後の部分だけでもよろしかったら、まだ一人分座席が空いております。

 (4) 語学
  これまで、どうせ上記の諸講座のために毎月一定期間関西にいるのであれば、その間を利用して、ドイツ語やフランス語を勉強したい、という方はいらっしゃいますので、自分が持っている知識を提供するのも一つの義務でしょうから、小さいクラスで、語学の授業もやってきました。現在やっているクラスが終るまでは、何とか続けようと思っています。ただし、参加者は原則としてこの私塾の他の講座に出席している人に限る。

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